小説「フィルター」②

 幾日もが過ぎ去り、病院に週1回の頻度で通うのが日常となってきた。実をいうと僕はこの症状には大して固執していなかった。人生にとっての大きな害にもならない上に、慣れればそこまで不都合を感じない。ただ、母は心配していたようで、「早く治るといい」と繰り返し言っていた。面倒なので治ったふりをして通院を辞めようかと考え始めたころだった。症状の改善が見られない僕に医師は大きな病院での精密検査と入院を勧めた。

 

 いわれるがまま病院を移動し、入院を始めたが、この経験はとても面白いものだった。病院から出る機会が少ないため、退屈だと思われるかもしれないが、テレビを寝転がってぼーっと見ておく方が学校の上辺だけのコミュニケーションに努力を費やすこともなく楽に過ごせるし、日替わりで変な生き物も病室に訪れる。見舞が毎日来ることがなくとも飽きずに過ごすことができた。

 

 そして、実をいうと、最初に僕になついた狸もどきはあれからずっと僕の近くについてきていた。黒い生き物と呼ぶのも違和感があるので、便宜上「クロ」と呼ぶようにしている。名前の付け方が安易かもしれないが、こういうものはファーストインプレッションが重要だと思う。クロは僕といっしょにテレビを見たり、椅子の上で丸くなっていたり、時には他の患者をからかうように後ろにピッタリとついていく様子を僕に見せつけた。頭の良いクロの活動は僕の病院生活をとても華やかにした。

 

 クロは鳴くことはなかったが、表情は豊かだったし、他の黒い生き物と遊んでいることもあった。なんとなく、この生き物たちにもコミュニティや考えがあることがわかってきた。それは、病院に出入りする他の患者や見舞客たち、いわゆる人間とそれほど変わらないように思えた。

 

 この変な生き物に対する発見は、僕の人間への興味をも加速させた。黒い生き物がそれぞれ無秩序な形態や動きであるように、人間もたくさんの種類がいることを病院という環境の中で実感した。クロの仲間の観察同様に、人間の観察も面白いものだった。

 

 ある日、病室のカーテンから一人の少女が覗き込んでいた。彼女は決してテレビに出てくるような恵まれた人間のような見た目ではなかったが、直ぐに他人を取り込んでしまうような魅力があるように感じた。彼女は僕が気付いたことを確認すると同時に嬉しそうな表情をした。そして準備していたであろう言葉を放った。

 

「お兄ちゃんが話してるものと私も話してみたい。」

 

 唐突な言葉に不意を突かれ、反射的に言葉を返してしまった。

 

「見えるの?」

 

「うん、見える。」

 

 その日から僕は彼女と過ごすことが次第に増えた。彼女は無口で自分から話すことはほとんどなかったが、僕がクロのことや毎日見ているもののことを話すのを一生懸命に聞いてくれ、頷き、稀に「自分も見える」と同意した。会話において彼女はとても受動的であった。そこに多少不満を感じていたものの、年齢の差と生まれつきの性格であろう原因に端から諦めはついていた。それよりも、隠し事をする必要がない話し相手に初めてであったことへの喜びの方が大きく上回っていた。

 

 彼女は段々と僕にピッタリとついてくるようになった。きっと彼女も秘密の共有ができる相手が見つかったことをうれしく思っているのだろうと思った。病院生活が長かったのか、彼女の母親も「お兄ちゃんができてよかった」と大層喜んでいる様子だった。

 

 彼女は僕の話を毎日楽しみにしている様子だった。僕は見たものをそのまま彼女に伝えることしかしていなかったが、彼女はワクワクして聞いている様子だった。そのお礼だろうか、たまに折り紙や絵をくれることもあった。

 

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すてら - すーぱーぬこになれんかった