近年のPCKに関わる研究の動向と理科授業【その6】

この記事は、近年のPCKに関わる研究の動向と理科授業【その5】の続きとなります。

 

 

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これまでの問題を解決するために

 これまでの記事で、今までのPCK研究には成果があったものの、課題も残されていることを書いてきました。大きな問題として、「研究者によってPCKの解釈の仕方が異なる」「PCKの構成要素の境界線が曖昧」ということがあげられていたように思います。その部分をうまく整理するために、2016年に行われた、第2回PCKサミットでは新しいPCKモデルが開発されました。リファインドコンセンサスモデルと名付けられたこのPCKのモデルでは、PCKを領域ごとに種類分けすることで、問題を解決しようとしています。

 

PCKのリファインドコンセンサスモデル

 下の図がPCKの新しいモデル、リファインドコンセンサスモデル(Refined Consensus Model)です。リファインドコンセンサスモデルと書くとすごく名前が長いのでここから、RCMと略します。ご覚悟。

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Carlson, J. et al. (2019). The Refined Consensus Model of Pedagogical Content Knowledge in Science Education. In: Hume, A., Cooper, R., Borowski, A. (eds) Repositioning Pedagogical Content Knowledge in Teachers’ Knowledge for Teaching Science. Springer, Singapore.より引用

 図からもわかるようにRCMでは、3つの異なるPCKに領域を分けて整理しています。また、周りの灰色の部分はPCKそのものではありませんが、PCKに影響を与える要素が書かれています。つまり、学習に関わるPCK以外の知識もPCKに影響を与えることを示しています。次に、図の内側に注目してみましょう。オレンジ色や白色の小さい人形のようなものがたくさんいますね。この人形は、一緒に働いている教師や教えている生徒などを表しています。PCKが育っていくには、自分以外の人からの影響を受ける必要があることも示しています。

 ここからは、3つの種類のPCKを1つずつ見てみようと思います。

 

ePCK (Enacted PCK)

 モデルの一番内側で示されているのがePCK(Enacted PCK)です。これは、「特定の環境で、特定の生徒に対して、特定の物事を教えるときに、教師が活用する知識やスキル」のことです。実践の時に使うスキルや知識ですね。環境、生徒、教える物事が、その時々で全く異なってくるので、持っている知識をいかに状況に合わせて応用するかということが求められる知識の領域です。

 

pPCK (Personal PCK)

 ePCKの1つ外側に示されているのがpPCK(Personal PCK)です。これは、教師個人が今までの経験で得てきた、「教師個人で持っている教育の知識とスキル」のことです。その人が今までに「同僚に教えてもらったこと」「研究者に教えてもらったこと」「実際に教えた時の子供たちからの反応」などから影響を受けて、自分の中に作ってきた知識ですね。ePCKは特定の状況が求められますが、pPCKは特定の状況を強いられはしません。そのため、イメージとしては、一人一人が持っている「俺の教育論」みたいな感じですかね。語弊はあると思いますが。

 

cPCK (Collective PCK)

 最後に、モデルの外側近くにある深緑の部分。これはcPCK(Collective PCK)と呼ばれます。cPCKとは、個人ではなく、複数の人が共有している知識のことをいいます。もちろん、認められた研究論文は、誰もが認めた研究結果なのですから、正しさも折り紙付きのcPCKです。しかし、ここに含まれるのは研究論文だけではなく、1つの学校の先生たちのコミュニティにおける知識も含まれます。例えば、夜野市立すてら小学校の先生たちはみんなで相談して、「教室をピカピカに掃除したら、子供たちの集中力が上がる」(論文等でデータが出ているわけではない)と信じて、教育のために毎日掃除を欠かしません。これも、1つのcPCKの形です。「個人の知識ではなく、集団で保有している知識」。これがcPCKです。

 

なんでRCMを使うといいの?

 RCMを使うメリットとしてはいくつかのことがあげられます。

・静的な知識と動的な知識を分けたり、結び付けたりできる。

 これまでの記事でも何度か触れてきましたが、「僕は、子供が自分で問題を解くのは大事だと思います!」とただ思うこと(静的な知識)と実際に授業中に子供に問題を解く機会を与え、実践する(動的な知識)は異なります。

 静的な知識は、アンケートやインタビューでも調査できますが、動的な知識は実際の授業を見てみないとわかりません。ここをきちんと分離して考えるために、このモデルが役立つと考えられています。また、きちんと分離して整理できるということは、比較もしやすくなるということです。明確にPCK研究を整理することで、静的な知識が動的な知識(実践)にどのように影響を与えるのかを考察することもできます。

 

・PCKは「一般的か、個人的か」という疑問を解決できる。

 これまでのPCK研究の中では、PCKは教師によって違う個人的なものか、それとも多くの教師に当てはめることができる一般的なものかという議論が行われてきました。RCMでは、PCKの領域をpPCKとcPCKに分けることによって整理を行いました。つまり、RCMでは、PCKに「一般的な側面」と「個人的な側面」の両方があり、それぞれ分けて考えるといいということを主張しています。

 さらに、pPCKとcPCKの関係性から、「どのような研修を学校で行えば、個人の知識を育てる上で有効なのか」「研究者などの外の組織とのかかわりで、教師個人にどのような影響が出るか」なども考えることができるかもしれません。

 

RCMはまだ新しく、実証研究としてはまだまだ始まったばかりです。今後どうなっていくのか期待ですね。

 

「蚕の糸」のミュージックビデオが、本日3月19日(土)の22時よりYouTubeで公開スタート。ぜひチェックしてください。


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